なぜ別府は日本一になれたのか〜油屋熊八の戦略
みなさんこんにちは。Yumaです。
本日も私の記事をご覧いただきありがとうございます。
このシリーズで度々「別府温泉日本一」という言葉を目にしたと思いますが、なぜ別府が日本一なのでしょうか?
私の住む北海道も温泉があちこちにあり、登別温泉 や 湯の川温泉 など、全国的にも知名度の高い温泉地が数多く存在します。

それでも、別府は「日本一」と言われる。
これは事実なのでしょうか?
そもそも、この日本一という言葉は1927年に大阪毎日新聞が主催した「日本新八景」(全国的な人気投票企画)において、別府温泉は温泉部門に選ばれたことに由来します。
結論から言うと、この「日本一」は単なる結果ではありません。
意図的に作られたブランドです。
そしてその中心にいたのが油屋熊八 でした。
「日本一」という言葉の力

熊八が行ったことの一つが、「日本一」という言葉の活用です。
前述したように、別府温泉は日本新八景の温泉部門に選ばれました。
しかし重要なのは、その事実以上に「日本一」という言葉を徹底的に使ったことにあります。
人はシンプルな言葉に強く反応します。
・日本一
・世界初
・限定 etc.
こうした言葉は、それだけで価値を感じさせます。
つまり「日本一」とは、価値を一瞬で伝える「装置」なのです。
「事実」より「認識」

実際に日本一かどうかは、それほど重要ではありません。
重要なのは「日本一だと認識されること」です。
観光地は、物理的な価値だけでなく、人々の認識によって価値が決まります。
つまり、観光とは「認識のビジネス」でもあるのです。
言い換えると、人がどう感じるかが、そのまま価値になる世界とも言えます。
PR戦略

熊八は、この「日本一」という言葉を軸に、積極的に情報発信を行いました。
大阪、神戸の上空から「日本新八景 当選御礼 大分県別府温泉」と記載された広告のビラを大量に撒きました。
この手法は、かなり大胆なものです。いわば、今でいう「バズらせにいくPR」です。
さらに、大阪毎日新聞に全面広告を発注し、PR活動に努めてゆきました。
あらゆる手段を使い、別府温泉の認知を広げていきます。
これは現代でいうマーケティング活動そのものです。
認識から体験へ
そして重要なのは、このブランドが言葉だけで終わっていないことです。
観光客は「別府温泉日本一」ということ知り、期待を込めて現地を訪れます。そして、実際の観光体験を通して「確かにすごい」と納得するのです。
これは、現在における観光構造の基本と言える現象です。
ここまで見てきたように、別府の「日本一」は
・言葉(日本一)
・発信(PR)
・体験(地獄めぐり)
が組み合わさって作られたものでした。

つまり、日本一とは「状態」ではなく「設計」だったのです。
そしてその設計こそが、観光地の価値を生み出しているのです。
では、ここまで見てきた内容を踏まえて、観光地はどのように作られるのでしょうか?
次回は、別府温泉の事例をもとに、「観光地の構造」を整理していきたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
シリーズ記事「観光地はどうつくられるのか Season1 別府温泉編」は、以下の図書、ウェブサイトおよび著者のフィールドワークをもとに作成しております。
〈参考文献〉
植松三十里『万事オーライ:別府温泉を日本一にした男』 PHP研究所、2021

